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東京高等裁判所 平成3年(ラ)508号 決定

抗告人

内野敏子

右代理人弁護士

渋川孝夫

相手方

内野ハル

主文

原決定を取り消す。

相手方が有する別紙物件目録五、六記載の土地につき抗告人のため昭和四一年九月五日付け死因贈与による所有権移転請求権の仮登記仮処分を命ずる。

理由

第一抗告の趣旨及び理由

別紙「抗告の申立書」記載のとおり。

第二当裁判所の判断

一仮登記原因について

〈書証番号略〉によれば、相手方は、昭和四一年九月五日、抗告人との間で、別紙物件目録一ないし四記載の土地外一筆の土地につき、相手方の死亡を条件にする贈与契約を締結し、その旨の公正証書を作成したこと、その後昭和四七年三月一五日、右目録四記載の土地が一記載の土地に合筆されて五記載の土地に、三記載の土地が二記載の土地に合筆されて六記載の土地になったこと(以下、右五、六記載の土地を「本件土地」という。)が認められる。

右によれば、不動産登記法二条二号の仮登記の仮登記原因が疎明されたというべきである。

二相手方の非協力について

〈書証番号略〉によれば、抗告人は、昭和二一年相手方の長男恒雄(故人)と結婚して以来平成元年三月頃まで相手方と同居していたこと、平成元年初め頃相手方の次男和男が抗告人に対し、相手方が大金を必要としているので抗告人が右恒雄から相続している山林を相手方に贈与してほしい旨要望して来たこと、しかし、抗告人がはっきりした返事をしないでいると、同年三月頃右和男、相手方の四男茂、五男榮が抗告人の自宅に来て相手方を連れ出し、その後相手方は抗告人のもとに戻って来ていないこと、本件土地につき平成元年五月二六日受付の債務者を相手方、極度額を六三〇〇万円とする根抵当権設定登記がなされていること、右和男らは、その後、本件土地のうち宅地については抗告人の所有名義にする代わりに前記山林については相手方の所有名義にすることなどを抗告人に提案し、抗告人は本件土地全部を抗告人の所有名義にするよう要求して来たが話し合いがつかないでいたところ、平成三年三月末相手方が抗告人に対し前記山林の所有権移転登記手続を求める訴えを提起したこと、以上の事実が認められる。

右認定の事実及び抗告人が本件申立てを行っていることにより、仮登記手続についての相手方の非協力の点については疎明されたというべきである(仮に相手方が非協力でないにもかかわらず非協力であると認定されて仮登記仮処分が認められたからといってそのこと自体によっては特段相手方に不利益が生ずるものではないから、この点について余り厳格な疎明を要するとするのは相当ではない。)。

第三結論

よって、本件申立ては理由があるからこれを認容することとし、これと異なる原決定を取り消し、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官越山安久 裁判官武田正彦 裁判官桐ケ谷敬三)

別紙物件目録〈省略〉

別紙抗告の申立

抗告の趣旨

一 原決定を取り消す。

二 相手方が有する別紙物件目録一、二記載の土地につき登記権利者である抗告人のため昭和四一年九月五日付死因贈与による所有権移転請求権の仮登記仮処分を命ずる。

三 抗告に関する費用は全て相手方の負担とする。

という裁判を求める。

抗告の理由

抗告の理由として、原審で申請人が述べたことは当審でも矛盾がない限度でそのまま維持していくほか、次のとおり主張する。

一 契約の成立

原決定は本件死因贈与契約の成立について「一応これを認める」と述べている。しかし、この契約は公正証書(疎甲第一号証。以下「本件公正証書」という)にもとづいて作成されているのであって「一応」という文言は不適切な表現であるばかりか不要でさえある。

二 被申請人の非協力

1 抗告人は申請の段階で仮登記仮処分の実体的要件は「仮登記の原因と仮登記義務者の非協力」と述べた(申請人の一九九一年八月五日付準備書面一項)。しかし、不動産登記法三二条の規定上、こうした考え方は疑問というべきではないかと考えるに至った。すなわち、同法三二条は仮登記の申請について、仮登記義務者の承諾書の添付と仮登記仮処分命令正本添付という二つの方法を並列的に規定している。したがって、仮登記仮処分について、仮登記義務者の非協力はもはや仮処分の実体的要件ではないというべきであろう。この意味で、仮登記義務者の非協力を仮処分命令の要件としている原決定は法令の解釈を誤っている。

したがって、仮登記義務者である相手方の非協力を前提として判断を下した原決定はその余の点を論ずるまでもなく不当として取消されるべきである。

2 次に、疎甲第一号証の記載からも明らかなとおり、抗告人が公証人より本件公正証書の謄本の交付を受けたのは平成元年四月一二日である。他方、疎甲第四、五号証によれば、抗告人と相手方の間では平成元年三月ころより、本件土地のほか抗告人名義の山林について争いが生じた。その後今日に至るまで、抗告人は相手方に対し本件土地の所有権の名義を移転するよう再三再四求めてきたが、相手方からは拒否されてきた。

このように、平成元年以来、抗告人は相手方に対して本件土地の名義変更すなわち相手方の承諾を求めてきたが、その根拠は、改めて述べるまでもなく、同年四月に公証人から交付を受けた本件公正証書であった。そして、当時交渉に関与した関係者はすべて本件公正証書の存在を前提として話合いを進めてきた。

ちなみに、相手方が抗告人を相手に大田原簡易裁判所に申立てた、抗告人名義の山林の所有権について相手方に移転登記せよという訴えはやはり本件公正証書(宇都宮地方法務局所属公証人石渡栄次作成昭和四一年二一八九号)と同日に作成された贈与契約公正証書(宇都宮地方法務局所属公証人石渡栄次作成昭和四一年第二一九〇号。なおこの公正証書は大田原簡易裁判所平成三年(ハ)第一六号の書証《甲第二号証》として原告である相手方から提出されている。)にもとづいている。このように、本件当事者はいずれも公正証書の存在を前提として話し合いを続けていたのであって、相手方も公正証書の存在を認識していたと言うべきである。そして、そのうえで、相手方は抗告人の求めを拒絶してきた。

3 このように、抗告人は相手人に対し、本件公正証書をもとにして名義書換を求めていたのであり、また相手方自身も、本件公正証書の存在を前提としたうえで、抗告人の求めを拒否してきた。このような場合、抗告人の相手方に対する本件土地の所有権移転登記の求めは、本件公正証書にもとづく仮登記の要求も当然に包含しているというべきであろう。その意味で相手方の拒絶は仮登記の要求の拒絶に等しい。

4 一介の農民である抗告人に仮登記や本登記の区別がつくはずはない。なるほど「法律の不知はこれを許さず」ではあるが、抗告人は抗告人なりに本件公正証書をもとに本登記を求めていたのであってこの場合仮登記の求めも当然に含まれているとみなすべきであろう。この意味で原決定はやはり不当といわなければならない。

5 以上のとおり、仮に「仮登記義務者の非協力」が実体的要件であるとしても、本件では、この要件を満たしていることは明らかである。

三 おわりに

仮登記仮処分はいったんそれが認められるや仮登記義務者に争う方法がなく、また担保の制度もないということなどから、仮登記義務者に著しく不利益となることが少なくないという理由で、裁判所がその求めを認容することに著しく消極的であるといわれており、こうした実務上の取扱がゆえなしとしないことは確かである。

ところで、本件では疎甲第二、三号証からも明らかなとおり、本件土地については既に相手方を債務者、根抵当権者を申請外塩那農業協同組合、極度額を金六、三〇〇万円とする根抵当権が設定され、平成元年五月二六日にはその旨登記済である。したがって、仮に本件申請が認容され、抗告人が仮登記をしたとしても、この仮登記は、前記根抵当権設定登記に劣後し、相手方の利益を害することは全くない。すなわち、もし申請外塩那農業協同組合が根抵当権の実行に及んだ場合、これに劣後する本件仮登記は自動的に抹消されることになり、相手方及び申請外塩那農業協同組合が把握している本件土地の交換価値はいささかも損われるものではない。この意味で、本件に関する限り、仮登記義務者である相手方に著しく不利益となることもありえない。換言するなら、仮に仮登記が認められたとしても、抗告人は根抵当権という負担ないしは制限の付着した状態で本件土地についての権利を取得するにすぎないということである。

また、仮に将来相手方が死亡し、抗告人が本件土地の所有権を確定的に取得し、その段階で前記根抵当権の抹消を求めたとしてもそれは認められないであろう。すなわち、このような場合、死因贈与は後日設定された根抵当権と抵触する限度で取り消されたものとみなされ、根抵当権付死因贈与として効力を有するにとどまるものと思われるからである(広島地裁昭和四九年二月二〇日判例時報七五二号七〇頁参照)。

以上のとおり、少なくとも本件に関する限り、仮に本件仮登記仮処分命令が出されたとしても、相手方にはなんらの不利益も及ぼさないことは明らかである。

四 結論

そこでこの抗告に及んだ。

添付書類

一 訴訟委任状 一通

一九九一年八月二〇日

抗告人代理人弁護士  渋川孝夫

東京高等裁判所御中

別紙 物件目録

一 所在 栃木県那須郡西那須野町一区町

地番 一〇九番一八

地目 宅地

地積 1,556.89平方メートル

二 所在 栃木県那須郡西那須野町一区町

地番 一〇九番八

地目 田

地積 一〇、八六九平方メートル

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